パラベンの細胞毒性について
1ヶ月ほど前のメチルパラベン騒動について、改めて新聞の力を見せ付けられた感じでした。
細胞毒性試験は、大手化粧品メーカーや原料メーカーでないと行いませんし、
まして、そのデータは一般には非公開なので、消費者のみならず多くの化粧品メーカーも
びっくりしたと思います。
新聞記事は、細胞毒性試験の結果により、紫外線で細胞毒性が高まるので、
老化が進むというような内容でした。
しかし、細胞毒性試験法で老化を予測できるものかという根本的なことには
触れられず、ただ読んだ人をびっくりさせただけのような気がします。
そもそも老化についての予測なら、それはどのくらいの確率で老化が
起こるかという起こりやすさや、それはどの程度の老化を進ませるのか
という被害の大きさを予測できる試験法でないと意味がありません。
今回の細胞毒性試験は動物実験代替法として、非常によく研究されている
手法ですが主には皮膚刺激性や眼刺激性を見るもので、とても老化まで
予測できるような試験法ではないでしょう。
たとえば、細胞毒性試験で19%の細胞が死んだからといって、
顔に塗ったメチルパラベンにより皮膚の細胞死をどんどんと導いていくわけではありません。
それは細胞毒性試験と実際の皮膚刺激では乖離が多少なりともあって、
たとえば動物実験でほとんど刺激があるかないかの刺激だと
細胞毒性試験にトレースするとだいたい0~20%までの細胞が死ぬくらい、
少し刺激ある程度なら20~40%くらいの細胞が死ぬくらいという感じになります。
(使う細胞系や3次元モデルの種類などによって、この区切りは変動します)
何で5%も細胞死を導く物質と、20%も細胞死を導く物質が、
動物実験では少しの刺激になるかというと、細胞毒性試験というのは
生きた細胞を使う都合上、結構結果にばらつきがでるという欠点があります。
同じ成分で3回測っても、1つは10%、もうひとつは15%、
最後の1つは5%とばらつくことも珍しくないので、この点に注意しないといけません。
さらに、実際の皮膚では物質を簡単に通さないバリア機能があり、
細胞毒性試験ほど敏感には反応しません。
そのため、細かく細胞毒性試験の数値がでても動物実験ではその数値ほど
刺激にさほど差がないこともしばしばです。
化粧品の原料を細胞毒性試験すると、大抵ものは数値化することができます。
どんなものでも細胞毒性はあるとお考えになった方がよいでしょうね。
ただ、細胞毒性の数字が出ているから、それが現実的に危険なものとは別なんです。
グリセリンのような比較的安全な成分でも数値化することができるので、
たとえば今後パラベンに限らず他の原料でも細胞毒性が
このくらいあるから危険だとかそういう騒動は起こる可能性はあると思っています。
なお、細胞毒性試験というのは、使う細胞や試験を行う人の技量によっても
数値は簡単に変動します。通常は毒性が強い成分、中くらいに強い成分、
ほとんど弱い成分も一緒にテストして、相対的にテストしたい成分は
どの程度の毒性を持っているのかということを比較します。
毒性が強い成分や弱い成分が言わばものさしの目盛りになるわけです。
今回の騒動ではパラベン(化粧品に配合される実用濃度で)で6%死んだということは、
グリセリン(化粧品に配合される実用濃度で)も一緒にテストしていたらおそらく細胞死は0%ぐらい
だったんでしょうか、これがパラベンで80%くらい死ぬ 細胞系でやっていたら、
グリセリンでも10%ぐらい細胞が死んでいる可能性があります。
ただ、細胞毒性は常に一定でなくて、使う細胞で変動するということを知っておく必要があります。
(人間の細胞でも死にやすいものもあればタフなものもあります)
ところで、細胞毒性試験が化粧品原料の選択手段に使われ始めたのは
30年くらい前です。最初は今回のようなシャーレの中で細胞を培養して、
そこへ試験したい成分を加えて細胞が増えるのか死ぬのかを見ていました。
もちろん濃度を変えて、どのくらいの濃度で死ぬのかを見るわけですが、
実際に化粧品に配合する濃度で測定することはできず、大まかな傾向を捉える程度の試験です。
なにより水に溶けない成分の毒性は正確に測定できませんので、
測定できる成分は限られていました。
ただ、細胞毒性試験というのは、何も単独の成分だけで行う必要は無く、
複数の成分を混ぜ合わせたときにどうなるかというのも見るためにも
使われ始めました。こうした文献が出てくるのは25年前でしょうか。
それから時代は進んで、今は3次元培養させた人工皮膚で細胞毒性を
評価しています。3次元培養というのは、人間の皮膚と同様に細胞が
各層にわかれて機能しているもので、角質層もあるため弱いバリア機能があり、
化粧品をそのまま塗って細胞毒性を調べることができます。
単層培養ではできなかった水に溶けない成分などもそのまま塗って
評価できますし、かなり進歩したと言えるでしょうね。
3次元皮膚モデルは色々あって、市販の化粧品塗っても角質層のバリア機能が
働いて細胞が死なないものもありますし、死ぬものもあります。
何度も訴えますが、細胞毒性というのは、実験に使用したモデルで数値が
変わるので、出た数字がどうだからといって、一般の方が深刻に受け止める必要はないと思います。
また、数値だすなら動物実験ではどのくらいの刺激になるのかという比較がないと意味がないと思います。
ところで、3次元皮膚モデルを使用して細胞毒性が0%になれば、
それは安全と言えると思いますか?
消費者向けにはよい宣伝になるかもしれませんが、安全性の研究なら、さて、どうでしょうか。
パラベンで刺激を感じる方はかなり少ないのですが、敏感肌の方の中には刺激を感じる方もいるでしょう。
そういう方向けに何か化粧品を作ろうとすると、予め刺激性を予測できるような試験法を用いて
化粧品を開発する必要があるのではないかと思いませんか。
そうしないとたとえばパラベンを使わないことを謳い文句にしても
本当にパラベンより刺激が無いかどうかがわかりませんし、
第一他の成分を配合するにしても何かの試験法で
比較しておかないと、どの程度安全なものかというもわかりません。
たとえば、動物実験を行うのは、主に刺激性の予測をするためですが、
人間の皮膚より敏感であるねずみやうさぎの皮膚を使うことで、
人間の敏感肌に対応した刺激性予測の試験法となりえます。
ただし、動物実験はお金がかかりすぎますし、あまり消費者の受けも
良くないということで、細胞毒性試験が出てきました。
人間のボランティアを使うという手もありますが、ボランティアの成り手は
ほとんどが正常な皮膚の持ち主のために、敏感肌の方とは違って
パッチテストしても反応が出にくいという困った問題もあります。
(刺激が出やすい敏感肌の方をテストに使うのは、倫理的な問題の指摘もあります)
細胞毒性試験は動物実験よりコストが安く、刺激性を測定できますが、
大前提はどんな物質でも濃度により細胞は死ぬ数が違うということで、
敏感肌をシミュレーションしようとなると、パラベンなどで
かなり死ぬような細胞系を選ぶことになります。
なぜなら、パラベンで細胞が死なないと、いつまで経ってもその試験では
パラベンの毒性を感知できずパラベンで刺激を感じる人に対する化粧品は作れません。
細胞が死ぬから、それなら他の成分を色々混ぜ合わせて、
より細胞の死なない(刺激の少ない)商品を開発しようかとなりますが、
もしパラベンで細胞が死なないとそういう化粧品を作ろうにも
配合技術が磨かれないと思いませんか?
開発した化粧品で細胞毒性試験でたとえ細胞死が0%であっても、
その化粧品に刺激を感じる人が何人もいれば、
その細胞毒性試験では刺激性を予測できなかったということですし、
0%という数字も研究者の悩の種になります。
細胞毒性試験はまだまだ万全な試験法ではないですが、
低刺激を目指す化粧品開発には一翼を担っていると考えています。